シナリオ 存在の深き眠り 10
◇ ××中学校・職員室
小島に学級日誌を渡している顔に絆創膏を貼ったたけし
と亜梨沙。
小島 「もう教室には誰もいないか?」
亜梨沙 「高橋君と佐田さんの鞄がありますけど‥‥二人とも部活だか
ら」
小島 「鞄は部室に持って行けって言ってんのになぁ‥‥」
たけし 「戸締まりはしましたから」
小島 「分かった。じゃぁ、君たちももう帰りなさい。ご苦労さん」
亜梨沙 「はい」
たけしと亜梨沙、出ていこうとする。
小島 「中原‥‥」
たけし 「(振り返って)はい」
小島 「あ、いや、別に‥‥気をつけてな」
たけし 「はい?」
◇ 同・校門
来るたけしと亜梨沙。
たけし 「じゃ、俺こっちだから」
亜梨沙 「うん。また明日」
たけし 「じゃぁな」
亜梨沙に背を向け去るたけし。
亜梨沙、たけしと逆方向に行こうと歩き出すがふと振り
返り。──
亜梨沙 「(たけしの背に向かって)ねぇ!」
◇ 運河沿いの道
肩を並べて歩くたけしと亜梨沙。
亜梨沙 「さっきからずっと黙ったままだね」
たけし 「別に‥‥喋ることないから」
亜梨沙 「‥‥峰岸君のお父さんの裁判、もうすぐだね」
たけし 「‥‥知ってる」
亜梨沙 「峰岸君‥‥ずっとお父さんから虐待されてたって」
たけし 「聞いた」
亜梨沙 「私‥‥」
たけし 「‥‥」
亜梨沙 「私、峰岸君のこと好きだったのにそんなことにも気付かなか
った。ずっと知らなかった」
たけし 「俺だって‥‥」
亜梨沙 「‥‥」
たけし 「俺だって全然知らなかった」
亜梨沙 「そう‥‥」
二人、それきり黙ってしまい黙々と歩く。
◇ 岸壁
遠くに港を行き交う貨物船が見える。
防波堤の上に少し離れて座っているたけしと亜梨沙。
亜梨沙 「最近、みんな松本君のことイジメなくなったね」
たけし 「飽きたんだろ」
亜梨沙 「‥‥ねぇ、何でそんなに離れて座るの?」
たけし 「うるせーな。どうだっていいだろ」
亜梨沙 「‥‥」
亜梨沙、悪戯っぽい笑みを浮かべるとたけしに寄り添う
よう座る。
たけし 「やめろよ」
すぐさま離れるたけし。
亜梨沙 「だって寒いんだもん」
亜梨沙、すぐにまた寄り添う。
そんなことを何回か繰り返し。──
たけし 「いい加減にしろよ!」
亜梨沙 「やだ!」
たけし 「犯すぞ!」
亜梨沙 「‥‥いいよ」
たけし 「えっ!?」
亜梨沙 「いいよ。犯しても」
たけし 「‥‥バカ、冗談だよ」
亜梨沙 「‥‥冗談なんかじゃない」
亜梨沙、言うやたけしに抱きつきキスをする。
たけし 「!?」
たけし、目を白黒させて戸惑うばかり。
きつく、きつくたけしを抱き締め唇を離さない亜梨沙。
たけし 「や‥‥やめ、やめろー!」
亜梨沙を突き飛ばすたけし。
亜梨沙、突き飛ばされた姿勢のまま顔だけを向け、たけ
しをきっと睨む。
亜梨沙 「私、まだ、峰岸君のこと好きなんだから!」
たけし 「!?」
亜梨沙 「(瞳を涙で一杯にして)ホントなんだから」
たけし 「(口の中で)ば‥‥バカやろう」
亜梨沙 「嘘じゃないんだから!」
たけし 「(ハッキリと)バカやろう!!」
亜梨沙 「バカじゃないもん!」
たけし、突如、奇声を上げると走り出す。
たけし 「俺のバカやろう‥‥」
走る、走る、走るたけし。
たけし 「(叫び)みんな‥‥バカやろう、だ!!」
たけし、海へ向かって思い切りジャンプ。
──次の瞬間、全ての時間が止まる。
◇ 海中
たけし、手足をバタバタさせて、水の中でもがているの
か‥‥泳いでいるのか‥‥。
◇ イリュージョン
海面に。──
顔を出すたけし。
あの夏の日のたけしだ。
たけし 「サザエ、ゲーット!!」
一気に沸き立つ岩場にいた克夫、健吾、敏之、宏明。
たけし、笑顔になって克夫たちに向かって泳ぎ出す。
◇ 銀杏並木のある舗道(夕)
落葉で黄金色に染まった舗道を歩いているずぶ濡れのた
けし。
歩行者用の信号が青から赤に変わり、たけしは足を止め
る。
たけし、ふと足下に目がいく。
足下には、一枚の銀杏の葉がモソモソと動いている。
たけし 「?」
よく見てみると動いている銀杏の葉はその葉をまとった
蓑虫。
たけし 「‥‥」
たけし、その蓑虫を踏み潰そうとして。──
たけし 「‥‥」
──ふと思いとどまる。
蓑虫を拾い上げるたけし。
たけし、拾い上げた蓑虫をじっと見つめているうち、不
意に涙が込み上げてくる。
たけし 「‥‥あれ!?」
自分でも予想していなかった涙に戸惑うたけし。
涙は、拭っても拭っても次から次へと溢れてくる。
たけし 「何で?」
涙を拭うのを諦めそのままにして立ち尽くすたけし。
その時、一陣の風が吹きたけしの頬を撫でていく。
足下の落葉がふわっと舞い上がり。──
──世界は今、たけしだけのためにある。
舞い上がった落葉はそのまま風のベールに織り込まれ、
たけしの周囲を黄金色に覆い尽くす。
風と落葉のベールに戸惑うたけし。
たけし、ふと気を楽にして風と落葉のベールに身を任せ
る。
そのまま何かに誘われるようにゆっくりと歩を進めるた
けし。
歩行者用の信号は赤のまま。──
画面、フェードアウト。
間。
真っ暗な画面に。──
声が聞こえてくる。
声 「世界はワンダーランドだ」
フラッシュ。──
歩行者用の信号が折れ曲がり、赤になったり青になった
り不規則な点滅をしている。
暗転。
声 「一秒先のことは分からない」
フラッシュ。──
急ブレーキの痕跡。
道路からはみ出し横転して白い煙を上げているトラック。
暗転。
声 「そして、誰もが皆何を考えているかなんて、何を感じている
かなんて分からない」
フラッシュ。──
イメージが、ものすごい速さで次から次へ浮かんでは消
えていく。
──花火をしているたけしたち。
──全身をガムテープでぐるぐる巻きにした邦正を紐で
縛り、自転車で引っ張っているたけし。
──身体の一部に火がついたホームレスの男を見て笑っ
ているたけしたち。
──プロレスごっこをしているたけしたち。
──亜梨沙を見つめるたけし。
──笑顔で全力疾走するたけしと克夫。
──荷物を運び出し日、家を去る時の正樹の後姿。
──ピアノを弾いている亜梨沙。
──邦正の陰茎をしごいている敏之。
──料理をしているたけしをちゃかす克夫。
──邦正の描いた漫画に感心するたけし。
──晴彦に水を飲ませている邦正。
──ケーキの箱を床に叩き付ける瑞穂。
──敏之を殴っているたけし。
──たけしを無視する克夫。
──警備員に捕まりもがいている克夫。
──たけし、克夫、邦正、敏之、宏明、健吾、正樹、瑞
穂、亜梨沙、みゆき‥‥みんなの笑顔、泣き顔、怒り顔、
真面目な顔。
様々なイメージが溢れ。──暗転。
声 「ただこれだけは分かる。人は誰もが弱い生き物だ。だから僕
らは松本をイジメて虚勢を張り強がってみせた。でも、いつだ
って本当に強いのは松本みたいなヤツの方だ」
フラッシュ。──
医師、看護婦に囲まれたストレッチャーにのせられ運ば
れる血だらけのたけし。
暗転。
フラッシュ。──
屋上から飛び下りる克夫。
暗転。
声 「みんなは、あのクソ親父から虐待を受けていたからカッちゃ
んが自殺したって言うけど、本当にそれだけで人は自殺出来る
のか?僕はそう思わない。人は確かに弱い。けど、だからとい
って人の気持ちはそんなに簡単なモノでもない。あのクソ親父
にしたって最初からクソ親父だったわけがない。大体僕らとあ
のクソ親父とどこがどう違うと言うんだ?カッちゃんの本当の
気持ちなんて誰にも分からない。それは、永遠の謎で、僕らに
課せられた宿題だ」
◇ ある病室
テレビのバラエティ番組を見ている中年男の後姿。
声 「ただ一つだけ想像のつくことがある。確信は出来ないけど、
カッちゃんがあの日から僕を無視したのは、格好良く万引きを
するはずが、しくじって恥ずかしかったからだと思う。そう思
いたい」
中年男、気配に振り返り狐につままれたような顔になる。
中年男は。──少し老けた感のあるたけしの父・正樹。
次に、正樹は驚きに目を見開き涙を流し嗚咽を漏らす。
声 「お父さん‥‥どうしたの?」
正樹 「どうしたってお前‥‥たけし」
ベッドの上にいるのは20歳前後の痩せた青年。
青年、自分の手を見つめる。──じっと見つめる。
青年 「僕‥‥」
ヨロヨロと青年に近付く正樹。
正樹、青年を力一杯抱き締める。
正樹 「たけし‥‥良かった‥‥良かった、たけし」
青年 「僕は‥‥」
正樹 「たけし‥‥たけし‥‥」
戸惑うばかりの青年。──たけしを飽くことなく抱き締
め続ける正樹。
たけし 「お父さん‥‥」
正樹 「何だ?」
たけし 「何だか凄くお腹が減ったよ」
正樹、涙を拭い。──
正樹 「そうか‥‥そうか‥‥分かった。すぐに美味いモン買ってく
るよ。すぐにだ」
──そう言って再びたけしを抱き締める正樹。
たけしの声「こうして僕は8年の眠りから目を覚ました」
◇ ある墓地
墓前に手を合わせているたけし。
その横に立っている正樹。
墓参を済ませ立ち上がるたけし。
正樹 「本当は離婚してるからな、父さんが母さんの‥‥君の母さん
の墓参りなんてな、しちゃいけないと思うんだけど」
たけし 「そんなことないでしょ」
正樹 「まぁ、たけしの全快報告だ。許してくれるだろ」
たけし 「‥‥でも、何だか変な感じだ」
正樹 「何が?」
たけし 「だってさ、僕にとってはお父さんとお母さんが離婚したのは
つい一か月ほど前のことなんだよ。それが、お母さんが死んで
もう3年も経ってるなんてさ」
正樹 「そうかな‥‥」
たけし 「そうだよ」
正樹 「‥‥そうだな」
たけし 「何だか‥‥」
正樹 「何だかなんだ?」
たけし 「何て言うか‥‥」
正樹 「夢のようか?」
頷くたけし。
◇ ××中学校・校庭
誰もいない校庭の真ん中に立っているたけし。
たけし、懐かしむように辺りを見回している。
たけしの声「父に頷いてすぐ僕はこれが現実なんだと思い知った。だけど、
その現実を実感した途端、カッちゃんのことや、中学校時代に
あった全ての出来事が夢のように感じた。事故に遭い眠ってい
る間、僕は、長い長い夢を見ていたのだろうか?」
一陣の風がたけしの頬を撫でる。
ふと足下を見るたけし。
足下には、銀杏の葉を纏った蓑虫が動いている。
たけしの声「夢みたいな現実。現実みたいな嘘。嘘みたいな記憶。いつだ
って、真実に境界線はなく曖昧だ。でも、一つだけハッキリし
ていることがある。それは‥‥」
たけし、面を上げ大きく深呼吸をして空に向かい。──
たけし 「(大きな声で)みんなー、元気かぁー!」
たけしの声が誰もいない校庭にこだまする。
たけし 「(更に大きな声で)元気にしてるかぁー!!」
◇ 同・屋上
縁に立った中学生のたけしたちが下を覗き込んでいる。
克夫 「何か言ってるぞ」
たけし 「シカト、シカト」
小島が校庭で屋上に向かって何かを叫んでいるがよく聞
こえない。
たけしたち、危うい足取りで縁を歩き始める。
たけし 「カッちゃん、ぜってぇ押さないでよ」
克夫 「なーに、ビビってんだよぉ」
たけし 「ざっけんなってーの!」
やいのやいの言いながら縁を歩き続けるたけし、克夫、
健吾、敏之、宏明。
そこに、「あーっ!」と叫ぶ声が聞こえて驚きよろけるた
けし。
たけし 「ざっけんじゃねぇ!落ちちゃうじゃねぇか!!」
五人から少し離れたところでガムテープで全身をぐるぐ
る巻きにされ立っていた邦正が空を指し。──
邦正 「UFO‥‥」
たけし 「えっ!?」
たけしたち五人、一斉に邦正が指した空を見るが。──
そこにあるのは青い空とポッカリ浮かぶ雲だけ。
克夫 「テメェ、フカシて(嘘ついて)んじゃねぇよ!」
たけしたち、柵を乗り越え邦正のもとへ駆け寄る。
あとには空だけが残される。
たけしの声「‥‥それは、僕は、いつだって今を生きているということだ」
空の片隅、小さくUFO(?)が見えてすぐ消える。
── 了 ──
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