シナリオ 存在の深き眠り 8
◇ ××中学校・2年3組の教室
放課後、掃除の時間。
軽い調子で邦正をからかって遊んでいる克夫、敏之たち。
たけし、その様子を見ないようにして掃除をしている。
◇ 同・屋上
空が高い。
ぽつんと一人座っているたけし。
たけし 「‥‥」
騒々しい声が聞こえてきてガムテープで身体をグルグル
巻きにされた邦正を連れた克夫たちがやってくる。
敏之 「あっ!嫌なヤツがいるよ」
宏明 「どうする?」
敏之 「行こ、行こ。すぐキレっからさぁ、アイツ」
健吾 「怖ぇー」
宏明 「(邦正を)コイツ、どうする?」
克夫 「もう、いいよ。何だかシラけた」
敏之 「そうだね。放っておこうか」
健吾 「放置プレイ?」
笑う克夫たち一同。
たけし 「‥‥」
克夫たち、邦正を残し去る。
たけしと邦正二人きり、何をするでもなく立ち尽くす。
たけし、チラッと邦正を見る。
視線が合い微笑む邦正。
たけし、慌てて視線をそらす。
間。
たけし、この間を持て余しわざと邦正を無視するような
態度で屋上の縁に立つ。
邦正、ニコニコしてその様子を見ている。
たけし、眼下を見る。
吸い込まれそうになる。
その気分を振払うように小さく深呼吸をすると縁を歩き
始めるたけし。
邦正 「‥‥」
歩くたけし。
邦正 「ねぇ!」
たけし 「うわっ!!」
たけし、驚き慌てて手すりに掴まる。
◇ ある家・玄関内(夕)
幾匹もの猫が我が物顔で歩いている。
ドアが開き邦正が姿を見せる。
邦正 「ただいまー」
邦正の後ろで遠慮がちに立っているたけし。
邦正 「どうぞ‥‥(笑い)猫ばっかりだけど」
たけし 「うん‥‥」
足下に一匹の猫がすり寄って来たので、一瞬驚き身をす
くめるたけし。
邦正、その猫を抱き上げ。──
邦正 「猫、嫌い?」
たけし 「別に‥‥大丈夫だよ」
邦正 「良かった‥‥あがってよ、お茶くらい出すから」
たけし 「(ぎこちなく)ありがとう」
邦正に続き家に入って行くたけし。
◇ 同・リビング(夕)
たくさんの猫に囲まれて居心地悪そうに座っているたけ
し。
缶ジュースを二本持ってくる邦正。
邦正 「お母さん、ちょっと買い物に行ってるみたいだから。何にも
なくて‥‥こんなんでいい?」
たけし 「あ、別に‥‥気、使わないで」
邦正、テーブルの上に缶ジュースを置きたけしの向かい
側に座る。
たけし 「あの‥‥」
邦正 「(ニコニコして)何?」
たけし 「いや‥‥何でもない」
邦正 「そう‥‥」
ニコニコするばかりの邦正にどうしていいか分からない
たけし。
ぎこちない間。
たけしと邦正、同時に「あの‥‥」と言って、互いに先
を譲り合う。
邦正 「どうぞ、中原君から」
たけし 「松本から先言えよ」
邦正 「いいよ、中原君から‥‥」
──と、邦正の言葉を遮るように隣の部屋からうめき声
のようなものが聞こえてくる。
邦正 「あ、ちょっと待ってて」
たけし 「うん‥‥」
邦正、中座すると隣の部屋へ行く。
たけし 「‥‥」
隣の部屋が気になり覗くたけし。
隣の部屋では、邦正がベッドに横たわった脳性麻痺の
兄・晴彦(16)に水を飲ませている。
たけし 「‥‥」
邦正、気配に気付き振り向く。
邦正 「(たけしに)兄さん」
たけし 「あ、どうも‥‥こんちは」
邦正 「(晴彦に)兄さん、友達。中原たけし君」
晴彦、特に反応しない。
邦正 「(たけしに)兄さん、こんにちは、って言ってる」
たけし、どう反応していいかよく分からず小さく頭を下
げるだけ。
◇ 同・邦正の部屋(夕)
邦正の案内で部屋に入ってくるたけし。
邦正 「好きなとこ座って」
たけし、返事をするものの上の空で物珍しげに部屋の中
を見回す。
邦正 「別に‥‥普通の部屋だよ」
壁に貼ってあるB'sのポスターに目がいくたけし。
たけし 「へェー、B's、好きなんだ?」
邦正 「中原君も?」
たけし 「うん」
邦正 「カッコいいよね」
たけし 「うん」
たけし、机の上に何かを見つける。
たけし 「これ‥‥松本が描いたの?」
──と、たけしが手にしたのは漫画の原稿。
邦正 「うん‥‥恥ずかしいよ」
たけし 「そんなことないよ。うまいじゃん」
邦正 「まだまだだよ」
たけし、ただただ感心しながら漫画の原稿に見入る。
◇ 同・玄関(夜)
靴を履いている邦正。
邦正 「(奥に向かって)ちょっとそこまで送ってくるから!」
たけし、「いいよ、別に送ってもらわなくても‥‥」と
言っているところに邦正の母・邦枝(39)が姿を見せる。
邦枝 「お構いしなくてご免なさいねー、中原君、だったけ?」
たけし 「はい」
邦枝 「晩ご飯食べてったらいいのに」
たけし 「ウチで母が作って待ってますから」
邦枝 「そうか‥‥そうよね。それじゃ悪いわね」
たけし 「すいません」
邦枝 「なに謝ってんの!じゃぁ、今度ね、今度はゆっくりご飯食べに
来てね」
たけし 「はい」
邦枝 「なんだか私、はしゃいでる?」
邦正 「そうだよ。恥ずかしいよ」
邦枝 「だって、あなたが友達を連れてくるなんて初めてじゃない」
邦正 「じゃぁね、行こう。中原君」
邦正、たけしを促す。
邦枝 「照れちゃって!」
邦正 「もう‥‥」
奥の方から晴彦のうめき声が聞こえる。
邦正 「ほら、兄さんが呼んでる」
邦枝 「はいはい(たけしに)じゃぁ、本当にね、また来てね」
たけし 「はい」
微笑みを残し奥の部屋へ行く邦枝を見送るたけし。
邦正 「行こ」
たけし 「うん」
◇ 商店街(夜)
軒を連ねる店はほとんどが閉店していて明かりもまばら。
肩を並べて歩くたけしと邦正。
たけし 「お前‥‥アニキが何言ってるか分かるの?」
邦正 「全然分かんない」
たけし 「は?」
邦正 「でもね、何をしたいのかは何となく分かる」
たけし 「どういうこと?」
邦正 「うーん‥‥例えばね、テレビ」
たけし 「テレビ?」
邦正 「そう、テレビ。兄さんはね、タモリが嫌いなの」
たけし 「‥‥」
邦正 「テレビにタモリが出てると鼻息が荒くなる。それでね、チャ
ンネルを変えるでしょ、そこにみのもんたが出てるとその鼻息
がおさまるの。穏やかになる。みのもんたが好きなんだよ」
たけし 「みの好き!?変わってんな」
邦正 「(笑い)おばさんみたいでしょ」
たけし 「まあ‥‥何ていうか」
邦正 「兄さんは面白いよ」
たけし 「面白いって‥‥」
邦正 「兄さんはね、喋れない」
たけし 「‥‥」
邦正 「嫌なことがあったりすると緊張して筋肉が硬直しちゃうん
だ」
たけし 「はぁ‥‥」
邦正 「自分の身体をコントロール出来ないんだよ」
たけし 「そりゃ‥‥大変だろ」
邦正 「放っておけばずっと何時間でも筋肉を硬直させたままにして
る」
たけし 「‥‥」
邦正 「それってどういうことか分かる?」
たけし、自分の腕に力を入れてみて。──
たけし 「ちょっと‥‥全然分からない」
邦正 「血がね、止まっちゃうんだ。通わなくなっちゃう」
たけし 「そうなの?」
邦正 「(頷いて)だからね、ちゃんと見ててやんなきゃ死んじゃう」
たけし 「マジかよ!?」
邦正 「マジ」
たけし 「漫画なんか描いてていいのかよ!?」
邦正 「(笑い)それはまた別だよ。お母さんだっているし‥‥お父さ
んだって仕事から帰ってくれば見ないフリしててもちゃんと兄
さんのことは気にしてる」
たけし 「ま、そっか」
邦正 「‥‥兄さんを見てると色々なことを考える」
たけし 「そりゃぁな‥‥だろうな」
邦正 「今中原君何考えた?」
たけし 「えっ?何って‥‥」
邦正 「何考えた?」
たけし 「‥‥兄さんの将来はどうなっちゃうんだろうとか、大変だな
ぁ‥‥とか、そんなこと」
邦正 「やっぱりね」
たけし 「違う?」
邦正 「違うよ」
たけし 「違うの?」
邦正 「何て言ったらいいんだろう‥‥そうだな、兄さんは想像力を
与えてくれる、僕に」
たけし 「想像力?」
邦正 「うまく言えないけど‥‥だから優しくなれる」
たけし 「‥‥」
邦正 「人が嫌がることをしちゃいけないんだって気になる」
たけし、うつむく。
邦正 「やっぱり、うまく言えない」
邦正、たけしの様子に気付き。──
邦正 「‥‥ご免ね。そんなつもりじゃなかったんだけど」
たけし、立ち止まる。
邦正 「中原君?」
たけし 「‥‥なぁ、松本」
邦正 「何?」
たけし 「どうしたら俺、優しくなれる?」
◇ あるケーキ屋・店内(夜)
ポケットから金を出すたけし。
有り金、870円。
たけし 「‥‥」
店員 「お使い?」
たけし 「いえ‥‥あの‥‥」
◇ たけしの家・リビングダイニング(夜)
既に瑞穂のサインと判子の押してある離婚届に判子を押
している正樹。
その様子を冷ややかに見ている瑞穂。
瑞穂 「(離婚届を手にして)これは私が明日役所に出しておく」
正樹 「ああ‥‥頼む」
瑞穂 「荷物は?」
正樹 「今度の日曜日会社の後輩が手伝いに来てくれる」
瑞穂 「そう‥‥」
正樹 「それで全部運び出すから」
瑞穂 「お願いします」
正樹 「‥‥たけし、遅いな」
瑞穂 「どうせ友達と遊び歩いてるんでしょ」
正樹 「心配じゃないのか?」
瑞穂 「心配よ。だけど年頃の男の子よ、多少大目に見なくちゃ」
正樹 「‥‥」
瑞穂 「今更‥‥心配してる振りなんかして」
正樹 「‥‥‥腹減ったな」
瑞穂 「何も作ってないわよ」
正樹 「店屋物でもとるか?」
瑞穂 「好きにして。私はいらない」
正樹が電話をしようと立った時、玄関のドアが開く音が
して、ケーキの入った箱を持ったたけしがモソッと姿を
見せる。
たけし 「‥‥ただいま」
瑞穂 「ちょうどいい時に帰って来たわ。たけし‥‥」
たけし 「何?」
瑞穂 「決めた?」
たけし 「‥‥」
瑞穂 「たけし、聞いてる?」
たけし、それには答えずケーキの入った箱を瑞穂に差し
出す。
瑞穂 「何?」
たけし 「ケーキ」
瑞穂 「ケーキ?!何で?」
たけし 「‥‥みんなで食べようと思って」
正樹 「ケーキか‥‥俺、甘いものはなぁ」
瑞穂 「(正樹をチラッとこなして)そんなの後でいいから、返事聞か
せて」
たけし 「食べようよ、ケーキ」
正樹 「たまにはいいかな?」
瑞穂 「たけし!」
たけし 「じゃぁ、僕、紅茶入れるね」
瑞穂 「ちょっと!!」
たけし、瑞穂の言葉には耳を貸さず紅茶を入れる仕度を
始める。
正樹 「お父さんも手伝うか?」
たけし 「いいよ、僕がやるから。座ってて」
正樹 「そうか?」
たけし 「うん」
正樹、座り所在なげに取り敢えず新聞を広げてみる。
瑞穂 「‥‥」
瑞穂、興奮を抑えた様子でたけしに近付く。
たけし 「何?」
瑞穂 「お母さんとお父さんは離婚するのよ。あなた、平気なの?」
たけし 「お母さんも座っててよ。すぐに紅茶入れるから」
瑞穂 「!?」
瑞穂、テーブルの上に置いてあったケーキの入った箱を
手にすると床に叩き付ける。
正樹 「何するんだ!?」
瑞穂 「今更家族ごっこはやめてよ!!」
正樹 「だからって‥‥」
たけし 「あーあ‥‥」
たけし、つぶれたケーキの箱を拾う。
たけし 「どうしよう」
瑞穂、たけしの肩を鷲掴みにして。──
瑞穂 「答えなさいよ!!」
たけし 「しようがないから紅茶だけにするね。ケーキは明日また買っ
てくる」
瑞穂 「答えなさい!!」
たけし 「(ニコッと笑い)お母さんもお父さんもチーズケーキが好きだ
ったよね」
瑞穂、間髪を入れずたけしに平手打ち。
(つづく)
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