監督風味♪的極私的記憶の映画『おくりびと』2
あの頃、映画『おくりびと』のチーフ助監督を引き受けたとき、ボクは、日々無常にも過ぎ去り行く現実に膿んでいた。
数年前、ボクは十数年助監督を務めたあと、リアルにちょっと太めの女の子が、映画作品の中で、ダイエットをして、なおかつ、恋も成就する。──といった企画を思いついた。
それは、東映洋画系で小規模ながら全国公開された映画『もうDEBUなんて言わせない!』という作品になった。
武田鉄矢さんが監督を務めた『プロゴルファー織部金次郎』という作品の併映作品だった。
結果は、武田さんのお力も借りられたおかげでスマッシュヒットという結果と見てよかっただろう。
その翌年、Vシネマ作品『かっ鳶五郎』を撮った。
ここまでは、ひとつの人生として、まぁ、順風満帆と見ていいのだろう。
だけど、そこから先が困った。
(作品を撮る)仕事が続かない。
自分の才能が、そこまでだったのだ……と思えれば楽にもなろう。
しかし、容易にそうは思えないものだ。
はてさてここからボクの途方に暮れ続ける人生が始まる。
こうなっていることにはいくつか要因があることは分かっていた。
ひとつは、長年助監督をやっていて、ボクには、一つのビジョンがあった。
それは。──【ボクは30歳に監督になる】と、いうもの。
これは、夢ではなく、自分の中の計画だった。
ボクは、常々、『人は夢を語るものではない。常に計画を建てていくものだ』と思っていた。
それは、今でもね、そう思っている。
そして、その計画通りボクは齢30にして、映画監督と名乗るようになった。
ところが、ここがボクの困ったところで、実は、何を隠そうそのあとのビジョンを持ち合わせていなかったのだ。
つまり、【どのような映画監督になって、どのような作品を作っていきたいか】。──それを一切考えていなかった。
そう、【映画監督になる】のが目的になってしまっていた。
もし、映画監督を志す方がこのブログに目を通すことがあったのなら、老婆心を承知で言おう。
『計画は綿密に!』
そうしないと困ったことになりますよw
はてさて、こんな話がどうして映画『おくりびと』の助監督をやることになった話につながるのか……
うーーーん、長い道のりだなw
その道程を書いていきますので、物好きな方がいたら、続きをお楽しみに♪
ではでは、今日のところはこのくらいで。
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