バグ 6
だけど、それっきり。カッちゃんの言葉の意味をまったく理解出来なかったボクは、「えっ!?」と、間抜けヅラで聞き返すのが精一杯で、カッちゃんは失望を隠そうとせず、「オマエなら分かると思ったんだけどなぁ」と呟いてから大きくため息をつくと、かったるそうに、ああいう動作を『緩慢な』、といううんだろうな、そんなふうにボクに背中を向けた。
どことなく力を感じない肩を落としたカッちゃんの後ろ姿は、とても寂しそうだった。こんなカッちゃんの姿を見たのは初めてだった。
「いや、違うんだ……」
その場を取り繕うボクの言葉など、宇宙の果てから大きな声で叫んでも地球に届かないくらいカッちゃんからは遠く、それっきり、カッちゃんとボクは小学校を卒業するまで言葉を交わすことはなかった。
正確に言えば、ボクは、何度かカッちゃんに話しかけようとした。
だけどカッちゃんは、ボクが話しかけようとするアクションを察知して、ものの見事にボクの口から言葉が発せられるのを遮り、今までとまったく変わらぬ様子で窓の外を見つめ続けた。
いや、違う。
カッちゃんは明らかに変わった。何かを思い出して微笑むことがなくなった。それまでは、一人でいることなんてヘッチャラであるかのように見えていたカッちゃんが、とても寂しそうに窓の外を見るようになったみたいに、ボクには感じられた。同時に、それはボクの責任であるかのように、臆病な心は締めつけられたんだ。
カッちゃんがボクに背を向けた瞬間から、カッちゃんとボクの間に存在する時間、空間、感情、その他一切すべてのものは絶対零度に凍りつき、凍りつき淀んだ塊は、えも言われぬ罪悪感となってひんやりとした冷気を放ち、暗く重くボクにのしかかってきたんだ。
「オマエも共犯なんだからな」
「オマエなら分かると思ったんだけどなぁ」
カッちゃんが放った言葉の意味。
本当はボクは知っていたんだ。
分かっていたんだ。
高橋を残酷に観察し続けるという密かな楽しみ。──
カッちゃんとボクの共通の愉楽。
そのことにおける『共犯』。
ボクは、「えっ!?」ととぼけたことで、意識の共有を求めて来たカッちゃんを傷つけ裏切った。
人は、自分が安穏な場所にいたいという無意識に、ほんの短いひと言で、錆びたナイフで深く抉るように平気で他者を踏み躙ることが出来る。
ボクは、ホントは誰よりも一番仲良くなりたかったカッちゃんを、錆びたナイフの矛先で、彼の胸の奥底を、蹂躙したんだよ。これは決してオーバーな言い方じゃない。だって、それ以来ボクの心がジャリジャリと変な音を立てるようになったからね。それが何よりの証拠だよ。
ボクは、世界中の誰よりも臆病な卑怯者に成り下がったんだ。
このことは、誰かがボクのことを気の毒に思ってくれて、仮に「そんなことないよ」と慰めの言葉で否定してくれたとしても、ボク自身のことはボクが一番分かっている。どうしようもない事実なんだ。
ボクはこの一件のあとも、遊んでいても本当はたいして面白くないクラスメートと、当たり障りのないバカ話に、アホづら下げて大笑いし、カッちゃんをあたかも空気のような存在として扱い、無視するふりを続けたんだもん。
随分長くなった。
ボク無駄話が多いから(苦笑)。
えーとね、これまで話して来たことが、言わばカッちゃんとボクの『エピソード1』ってトコかな。
『エピソード2』はね、カッちゃんとボクが中2になったところから始まる。
今度の話はもっとずっと長いよ。
だってカッちゃんが自殺するに至るまでの話だからね。
ちょっと……だいぶつらい話なんだ。ボクにとってはね。
でも……
ね、聞いてくれる?
(つづく)
| 不機嫌な天使 著者:長濱 英高 |
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