2009-02-24

映画『おくりびと』☆おめでとうございます!!!

まったくの快挙だ!!

そうとしか言いようがない!!!

滝田洋二郎バンザーーーーイ!!!!

もはやボクが書くまでもなく昨日昼の授賞から、
マスコミによる『おくりびと』フィーバーは続く。


ホントよかった……。

今朝思わず新聞の一面トップを読んで、涙が頬を、つーっと流れた。
この作品に出会えてよかった。
滝田さんと仕事をさせていただいてホントに良かった。
ありがとうございます。

寒い山形の夜、ホテル万光園で、朝方になるまでシナリオのことを
あーでもないこうでもないと打ち合せしていたことを思い出す。

あの時は、まさかこんなことになるなんて夢にも思っていなかった。
誰もが純粋にこのお話を『いいもの』にしたい。
そう思っていただけだった。

ありきたりの表現になってしまうけど、
その結果が、こんな夢のような出来事になるなんて!!!

ホントに映画の神さまのいたずらとしか思えない。

だけどこれはまぎれもない現実。

なんか色々書いてるけど、ホントにホントに言葉にならない。
言いたいことの数パーセントも書けない!

滝田さん、ありがとう!!
ホントにホントにありがとう!!!


(『おくりびと』チーフ助監督より)

Ca390086

この写真は、日本アカデミー賞授賞式後の祝賀会にて撮ったものですw
滝田さん、ちょっとお疲れですねw

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2009-02-02

監督風味♪的極私的記憶の映画『おくりびと』2

あの頃、映画『おくりびと』のチーフ助監督を引き受けたとき、ボクは、日々無常にも過ぎ去り行く現実に膿んでいた。

数年前、ボクは十数年助監督を務めたあと、リアルにちょっと太めの女の子が、映画作品の中で、ダイエットをして、なおかつ、恋も成就する。──といった企画を思いついた。

それは、東映洋画系で小規模ながら全国公開された映画『もうDEBUなんて言わせない!』という作品になった。

武田鉄矢さんが監督を務めた『プロゴルファー織部金次郎』という作品の併映作品だった。

結果は、武田さんのお力も借りられたおかげでスマッシュヒットという結果と見てよかっただろう。

その翌年、Vシネマ作品『かっ鳶五郎』を撮った。

ここまでは、ひとつの人生として、まぁ、順風満帆と見ていいのだろう。

だけど、そこから先が困った。

(作品を撮る)仕事が続かない。

自分の才能が、そこまでだったのだ……と思えれば楽にもなろう。
しかし、容易にそうは思えないものだ。
はてさてここからボクの途方に暮れ続ける人生が始まる。

こうなっていることにはいくつか要因があることは分かっていた。

ひとつは、長年助監督をやっていて、ボクには、一つのビジョンがあった。
それは。──【ボクは30歳に監督になる】と、いうもの。
これは、夢ではなく、自分の中の計画だった。
ボクは、常々、『人は夢を語るものではない。常に計画を建てていくものだ』と思っていた。
それは、今でもね、そう思っている。

そして、その計画通りボクは齢30にして、映画監督と名乗るようになった。
ところが、ここがボクの困ったところで、実は、何を隠そうそのあとのビジョンを持ち合わせていなかったのだ。

つまり、【どのような映画監督になって、どのような作品を作っていきたいか】。──それを一切考えていなかった。

そう、【映画監督になる】のが目的になってしまっていた。

もし、映画監督を志す方がこのブログに目を通すことがあったのなら、老婆心を承知で言おう。

『計画は綿密に!』

そうしないと困ったことになりますよw

はてさて、こんな話がどうして映画『おくりびと』の助監督をやることになった話につながるのか……


うーーーん、長い道のりだなw

その道程を書いていきますので、物好きな方がいたら、続きをお楽しみに♪

ではでは、今日のところはこのくらいで。

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2009-01-26

監督風味♪的極私的記憶の映画『おくりびと』

「地味な話でしょ?だけどいい話だよね?」

ちょっと自信なげにW氏はボクに言った。
そして、映画『おくりびと』脚本第2稿を読んだ感想を求められた。

「そうですね〜、地味ですね〜。だけど、こういう地味なのって嫌いじゃないですよ」
そう答えたと思う。
その時点では不完全さが目立ったけど、
生と死を真っ向からとらえた作品は、なんだかほんわかと暖かく好感が持てた。

「脚本打ち合せにも参加してね」

W氏は言った。それから幾度となく繰り返された脚本打ち合せ。
回を重ねるに従って、より細部に、そして、スケジュールはタイトになっていった。

しかし、今思い返せば、そのうち合わせに参加出来たことは、
こうして米国アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされた今となっては、
いや、そうならなくたって、創作作業としては、
もっとも素敵な時間経過であり、光栄で、誇りに思う。

何より滝田さんとのその作業は楽しかった。

だけど、その時はまさか、こんなことになるなんて夢にも思わなかった。
製作作業に関わった以上、ただ必死に、純粋に、いい作品にしたいと、思っていただけだった。


前回に続き、映画『おくりびと』について、極私的記憶を辿ってみた。


このブログを書いてない時に、ふと気づいたことがあった。
ボクにとって映画『おくりびと』の記憶をたどるということは、
あれれ?もしかして、このブログのテーマ『監督風味♪』を語っていくことになるのではないか?と。

だから、映画『おくりびと』について、ぐぐったりして訪ねて来てくれた方には申し訳ないけど、
このブログは、今日のタイトルにあるように【極私的記憶】の『おくりびと』についてである。

映画『おくりびと』についてボクが何かを書くということ。
それは、ボク自身への癒しであり、
これからのボクの創作に対するスタンスを自分の中で見つける探検だ。
なんでそうなのか?
それはおいおい書き綴っていこう。

ちょっと怖い。
だけど、きっと、これはボクはしなくてはならないことなんだ。

ボクは自分にそう言い聞かせる。

ま、物好きな方がいたら、おつき合い下さい(笑)

『極私的記憶のおくりびと』はまだ続けますよ〜

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2009-01-24

『おくりびと』効果

昨日、映画『おくりびと』について書いたら、
普段は2、3人しか訪れないこのブログが大勢の方々で賑わったw
『おくりびと』様様だ(笑)

ちょっと面白いので、超個人的『おくりびと』米国アカデミー賞ノミネートお祝い記念として、
ボクが覚えている印象的な出来事を書いてみようと思う。

昨日、現場プロデューサーだったW氏に、電話した。
「おめでとうございます。(米国アカデミー賞)授賞式行くんですか?」
「行くよー。自腹で!」
「えぇぇえ!?自腹なんすか!?」
「そうだよー、自腹だよー。(招待枠が)2つ、3つしかないんだよー」
「うわぁ、大変だぁ」
W氏は、滝田監督が絶大なる信頼を置いている方である。
いつもちょっと眠そうな顔で自信なげなのだが、芯はとても頑固でテコでも動かない。
そういうタイプの人だ。

そもそもボクが『おくりびと』の助監督をやることになったのも、
このW氏との出会いがあったからだ。

数年前の年末、ボクは、その頃、後輩のCMコーディネートの会社を手伝っていた。
その後輩とW氏が知り合いだった。そのつながりで、
「ナガハマさん、滝田さんの助監督やってみない?」
と、ある日後輩に言われたのだった。

ボクは、もともと好きな映画監督とか、尊敬する映画監督なんていないのだが、滝田さんだけは別だった。

好きな監督であり、色んな意味で憧れの監督だった。

好きな。──というのは、作る作品が、ね。
中でも好きなのは、シャ乱Qの『演歌の花道』。
これを言うとみんな「なんで?他にももっとあるのに」という顔をするが、
乾いた感じの笑いがとてもいいのだ。
滝田洋二郎は、ギャグ映画を撮らせたらピカイチだとボクは勝手に思っている。
(滝田さん、すいません……苦笑)

だけど、ギャグ映画というのは、持論で申し訳ないが、
そもそも世の中を斜に見てなきゃ発想が出来ないし、
自らの中に骨太の主張がなければ、
ギャグなんて展開出来ないと思っている。

まぁ、その主張が、ボクが好きなタイプのものだったということだけなんだけど。

話が逸れた、もとい。

まぁ、そんな監督と仕事ができるというのは、
ボクにとって願ったり叶ったりなわけで、
しかし、くだらない自負もあった。

『ボクも一応映画カントクなんだよな……』

ってヤツね。

まったくくだらない自負だ。

結局、滝田さんと仕事が出来る!という魅力に、
そんなつまらない自負はすぐに崩れ去り、
恵比寿の居酒屋で、
ボクはW氏に、「是非、やらせて下さい」
と返事をしたのだった。

しかし……

このつまらない自負が、今思えばずーーーっと、ボクを苦しめるのだった。


今日はこの辺でw
気が向いたら続きを書いてみますww

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2009-01-23

映画『おくりびと』に思うこと。

最近、ちまたで話題になっている映画「おくりびと」。
数々の映画賞にすごいことになっている。

少々ご縁があってボクは、この作品のチーフ助監督をやった。
かなり光栄な仕事になった。

チーフ助監督とは、簡単に言ってしまえば、
俳優・ロケ場所などのスケジュールを組み合わせ、総合的に管理する役割だ。
撮影全体の現場的なことをコントロールする立場である。

つまり、監督業(クリエートするという意味で)とはおおよそかけ離れたものなのだが、
幸いにも「おくりびと」に関しては、何回めかの脚本打ち合わせから参加させていただき、
つたないながらもボクも意見を言わせてもらったりで、
その意見が多少なりとも反映された作品が、こうして数々の賞をいただいていることは、
人ごとながら、感無量だ。

こんなところで失礼しますが、
滝田さん、おめでとうございます。
そして、ありがとうございます。

あの作品に於いて、すっとこどっこいチーフだったかもしれませんが、
滝田さんと仕事出来たことは、ボクにとってやはりとても光栄なことであり、
学ぶことは多かったです。
あの仕事をしてよかったと思っています。

今さっき、テレビのワイドショーで本木さんの記者会見の模様を見た。
あの作品を撮っていたのは、随分前のことなので、
なんだかとても不思議な感じがした。

うーん……

どうもうまく書けないな……(苦笑)

まだまだボクにはあの作品に携わったということが、
自分とってどんなことだったのかということが、
消化出来てないらしい。

まぁ、なんつーか、そんなことはどうでもいいんだ……。


とにかくですね、

今は米国アカデミー賞の外国映画最優秀賞をとることを信じてお祈りしています。

ノミネートおめでとうございます!!

だけどアレだね。


助監督とはいえ、自分の名前が世界を駆け巡っているかと思うと、
ちょっと痛快だよねwww

監督してだったらもっといいけどw

うはははwww

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2008-08-04

Short movie『 ぼくのおとうさん 』 悩ましくも艶めかしく

今、『セカンドライフ』という仮想空間を使ってショートムービーを作ろうとしている。
3Dアニメーションだ。
既存の3Dアニメーションという視点からは、
チープなモノにならざるを得ないと思っているが、
完成すればインワールド(セカンドライフの中の世界をこう呼ぶ)では、
野心的な作品となるのは間違いないと思っている。

また、セカンドライフを仮想現実の世界という視点をはずして、
ひとつのクリエーションツールとして考えた場合には、
アイディアさえあれば、アニメーション素人でも、
あるクオリティーのモノが作れるといった点で、
インワールドのみならず、
現実的な広がりをもってくれればいいなぁ、
という密かな願望も芽生える。

タイトルは、『ぼくのおとうさん』。
子供の作文で語られるチンピラオヤジの話だ。

お話は、まぁまぁまとまりが良く仕上がったと思う。

10p_2

あとは、シナリオ、絵コンテに基づいて実作業をして行けばいいだけなのだが、
スタッフは全員、インワールドの住人。
セカンドライフの中で知り合い、現実社会では顔も見たことも無い人たちだ。
そして、(ボクも含めて)セカンドライフはあくまでも趣味。
つまり現実の生活を営む為に、何かの仕事に就いている人たちばかりだ。(あたりまえだけど)

だから、プロの現場のようには行かない。
限られた時間の中で共同作業をしているので、
遅々として進んでないように感じる。
また、打ち合わせは今のところ全てチャットで行なわれているので、
現実に話し合うのよりはスピードが落ち、
言いたいことの半分も伝わっていないかもしれない。
また、伝わってきてないかもしれない。
そこがちょっと歯がゆいが、
『なにか面白いことが起きるかも?』と
いうモチベーションで集まってくれた方々の好意は無にしたくないし、
この状況下で作品を完成させた時には、
えも言われぬ満足感があると思うと今更やめられない。

とはいえ確実に前進はしているので、
今は、顔もみたことも無い人たちを信じるしかない。

『ぼくのおとうさん』製作にあたっては、
良質のソフトを作るというのは当たり前だが、
それと同時に、
ネットの可能性にも期待する。
つまり、先から書いているように、
この作品は、『ネット上で知り合った顔も知らない人たちが大勢でひとつの作品を作り上げる』のだ。

こんなこと今までの(ネットが無い)世の中なら考えにくい。
それが、もう既にスタンダードになっている時代。

これから先、ボクたちは仮想現実社会というモノを手に入れてどこに行くのだろう?

そういった意味でも、ショートムービー『ぼくのおとうさん』は、
早く完成をさせたくてウズウズする。

まぁ、インワールドでは、ゆるゆると時間が進むので、
焦りは禁物だけどねwww

Sela1

← これ、インワールドのボクです♪

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2007-06-29

映画『ヨコハマメリー』感想文

随分前に見た映画なのだが、ふと思い出して、ココに感想文を書きたくなった。

ボクはこの作品を2回見ている。1回めは、横浜野毛にあるにぎわい座で、
上映館もまだ決まらぬ頃、自主上映された時と、それから2年後くらい経った頃、
ロードショウ公開されたとき。

2回とも涙が溢れて止まらなかった。

人間の悲哀、愛が実に良く描き出されている。とても良い作品だ。

かつて、ヨコハマに真っ白なドーランを塗り、真っ白なドレスを着て、
街を徘徊する奇妙な老婆がいた。
彼女は、ホームレスなのだが、かつては外人相手の高級娼婦だった。
気位は高く、街の人たちは「メリーさん」という愛称で親しんだ。
しかし、誰もその素性を知る者はいなかった。

都市伝説のようだが、メリーさんは実在した。

この作品は、本人は、かつて撮られた写真で少しだけ登場するだけで、
ゆかりの人々のインタビューを中心に構成されている。

ここがミソだ。

中でも秀逸なのは、末期の癌に冒された
ゲイのシャンソン歌手・元次郎さんが語るエピソード。

やがてこのドキュメントは、元次郎さんとメリーさんの愛情物語だということに気づく。

それに気づいた時、ラストシーン、涙が止まらない。

とても尾を引く。

ちなみにボクはこの作品が作られる随分前に
たまたま元次郎さんと会ったことがあり、
20年ほど前、アルバイト先で毎日のようにメリーさんの姿を見かけおり、
この作品に出演されてる方とも知り合いだったりするが、
それはまた別の話……。

そんなことはまったく関係なく、今まで千数本観ている映画の中でも、
ボクの好きな作品ベスト5に入る作品である。


  


  



不機嫌な天使

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2007-06-28

映画『大日本人』感想文

この作品は、カンヌ映画祭に招かれたり、
同じくお笑い出身の北野武監督作品と、
とかく比較されることが多い。

ボクは、松本人志さんという方は嫌いではない。
笑いのセンスはとてもシニカルで、面白いと思う。

だけど、それは、テレビというフィールドでの話だ。
映画の笑いは、テレビとは違う。
だが、松本監督は、テレビの延長線の笑いを
スクリーンにぶつけて来た。

誤解されぬように言っておこう。
ボクは、決して偏屈ではない。
映画を見るときも、いち観客になっている。

だけど笑えなかったのだ。

テレビのまっちゃんには、笑う。
けど、映画の中のまっちゃんには笑えなかったのだ。

スクリーンってのは、意図するもしないも、
自ずからその監督の思想が
反映されてしまうものだと思っている。

残念ながら、『大日本人』を映し出すスクリーンからは、
空虚な、世の中を嘲笑う姿勢しか感じ取れなかった。
砂を噛んでいるような、とても虚しい気持ちに襲われた。
お笑い映画を見たはずなのに、とても暗い気持ちになった。

これが、この作品を見終えた実感である。

  


  



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2007-06-27

映画『監督、ばんざい!』感想文

シナリオ掲載は一休みして……今回は映画感想文である。

ちょっと、前になってしまうけれど、
北野武監督作『監督、ばんざい!』を拝見させて頂いた。

どこかに感想を……というより、自分の中で咀嚼したかったので、
ここに書いてみることにする。

ボクなどが、偉そうに書けるものでもないんだけれど、
あくまでもイチ観客とすれば、発言は自由だよね?

ってことで、北野監督に対して失礼な発言もあるかもしれないが、
そこはご勘弁願いたい。

まず、ボクの素直な感想は。──「羨ましいなぁ……」である。
さて、では何が羨ましいかと言えば、
こんな自己中心的で、観客のことを相手にしていない映画など
そうそう、ない。

ボクは、観客があって、初めて映画というのは成立すると思っているのだが、
北野監督は、そんなの眼中になく、
そのあたりの垣根を、ひょいっと軽く飛び越えている。

『監督、ばんざい!』は、賛否両論で、
映画に対するオマージュだとか、そんな言葉が飛び交っているが、
それは間違いだろう。

映画に対するオマージュなんて、ひとつもない。
この映画は、ひらすら内へ、自己の中心へと向かっているだけなのだと思う。
小津風だったり、ハリウッドSF風であったり……様々な物語の断片だけ語られる。
それさえ、北野監督にとっては、自己を模索しているだけなんだと思う。

とても正直に、

「暴力封印してみるけどさ、オイラ、次何撮ったらいいか分からないんだよね。
だから、色々やってみるけどさ……なんだかどれもピンとこないよなぁ」

と、告白している映画なのだ。(とても偏見に満ちた意見ですが……)

それが、ボクには羨ましい。
そんなことだけで、映画を作れるなんて!!

勿論、これまで北野さんが生きて来た道は生半ではなかっただろう。
だからこそ出来る、そういう作品だ。

名作である。

これは決して過言でも、ホメゴロシでもない。

でも、次はどんなのを撮るんだろ?
ムツカしいよね。
アレやっちゃうと……。
けど、シラッと「そんな映画撮ったっけ?」と、
やはり軽く垣根を飛び越えていくんだろうなぁ……(苦笑)

  


    



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2006-06-06

小津安二郎と茅ヶ崎館とボク   ④

少し前になってしまうが、前回、このタイトルで書いて、
弁士の佐々木亜希子さんのブログにトラックバックしたところ、
コメントをいたただいた。

「私のいたらなさで物足りなかったのではないかと思います」

いやいや、佐々木さん、そんなことではないんです。

確かに、ボクは「浮草物語」に物足りなさを感じたと書いた。
けど、実は、その「物足りなさ」は、明確な言葉にならず、
ずっと考えていた。

で、わかりました。

ボクは、19歳の時に初めて小津映画に接した。
かの名作『東京物語』である。

しかーーーし、ボクはこのとき、
「なんだこの古くさい映画はっ!」
と、爆睡しました(笑)

けど、それから数年後、
再び『東京物語』を観る機会があった。

なんとっ!

この時は自分でも不思議なくらい、
ぼろぼろと涙があふれて止まらなかったのだ。

「これって何?」

この疑問が、小津映画を好きになった理由だった。

それから何本か小津映画を観たのだが、
そのすべてはトーキー作品で、
いわば彼にとって後期の作品が多かった。

つまり、スタイルが既に確立されたあとの作品を観ることが多かった。

ボクは、作品に散りばめられた監督の思想もさることながら、
その思想に裏付けられたあのストイックでスタイリッシュな映像が好きなのだと、
今回、『浮草物語』を観て初めて気づかされたのだ。

今までそんなこと気にしたこともなかった。

『浮草物語』は確かに優れたいい作品だ。

けど、物足りなさを感じたのは、
おそらくそんな理由からなのではないかと思った。

勿論、小津映画をスタイリッシュなだけの作品だなんて思っちゃ、ない。
こんな軽薄な言葉だけではくくれないことは十分に承知している。

でもなぁ……、ボク自身が軽薄なのだろう。
こんな言葉の使い方しか思い浮かばないのだ(苦笑)

なので、佐々木さんっ!

あなたの力のなさだなんて思わないでくださいねっ!!


と、いうことで、全然関係ないですが、
拙著


不機嫌な天使


絶賛発売中!!!

って、最後は宣伝かよっ!!(笑)


おあとがよろしいようで……。

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2006-05-22

小津安二郎と茅ヶ崎館とボク   ③

畳敷きの室内が暗くなり、簡易スクリーンに光が投射される。
ピントがぼけているが、それもご愛嬌だ。
熟練の映写技師によってすぐに直される。

タイトルに続き、俳優名、スタッフ名が出てくる。
この頃の映画には、終わってからのローリングタイトルというのがない。
始めにそれぞれの名を紹介して、作品が終わったら終わり。
実に潔い。
この潔さは好きだ。

弁士・佐々木亜希子さんの名調子に物語が始まる。

浮草のように生きる旅役者の男。
それが主人公。
男には離れて暮らす息子がいる。
しかし、自らの浮草稼業を恥じ、
自分が父親だということは名乗っていない。
息子は、ドサ回りで旅芸人の一行が
自分の住む土地を訪れた時には、
よもやその男が自分の父親だなんて疑う余地もなく、
「おじさん」と言って慣れ親しんでいる。

物語は、この親子の切ない交流を中心として、
旅芸者の悲哀が描かれていく。

昭和9年(1934年)のキネマ旬報第1位の作品である。

なるほど名作である。

だけど正直に言おう。
ボクには少々物足りなかったのだ。

茅ヶ崎館での上映、サイレント弁士付き映画、
手作りの上映会・・・・・・。

そのどれにもボクはケチをつける気はない。
むしろすべてが素晴らしい。
そのどれもが映画好きならば、
ゾクゾクするほどのキーワードであり、
シチュエーションなのだろう。

なんで ?

ボクは単なるヒネクレ者なのだろうか……。

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2006-05-20

小津安二郎と茅ヶ崎館とボク   ②

すっかり更新をおろそかにしてしまった(苦笑)
気を取り直して……。


海にほど近い閑静な住宅街の中に茅ヶ崎館はある。

15時30分開場。16時開演。

少し早めに着いて、茅ヶ崎館のロビーで待つ。
大広間には、座布団や座椅子、古びたソファーなどが並べてあり、
いかにも手作りの上映会といった風情。
茅ヶ崎館の全体の雰囲気も相まって、
まるで昭和の初期にでもタイムスリップしたかのよう。
否が応でも気分は高まる。

だけど、その反面。
ふと冷静な気持ちもあったりして、
余計なお世話だと思ったが、

「普段の日の茅ヶ崎館の経営は成り立っているのだろうか?」

── なんてことが、心をよぎり、感傷に浸りながらも、
なんとなく複雑な気分になってしまう。

でも、いいのだ。

今日ここで、この上映会を開催した方々は、
とても生き生きしていたし、それが何より大事。

ボクのいらんお節介など屁の役にも立たんのだ(笑)

そんなつまらないことなど忘れて、
今日のこの日を楽しもう。

ボクは、そんな気分で
窓際に据え置かれたソファーに
どかっと身を沈めた。

弁士・佐々木亜希子さんの入場で、
いよいよ無声映画『浮草物語』がはじまる。

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2006-05-09

小津安二郎と茅ヶ崎館とボク   ①

先日、湘南にある茅ヶ崎館という旅館に映画を観に行った。

旅館で映画!?

そう、旅館で映画なのである。
しかも弁士付き無声映画!!
DVD全盛のこの時代に、だ(笑)。

作品は昭和9年松竹蒲田製作『浮草物語』。
日本が世界に誇り、ボク自身も敬愛してやまぬ巨匠・小津安二郎監督のサイレント映画時代の逸品。

茅ヶ崎と言えば、いまやサザンオールスターズで全国区になり、
街は今や『サザンビーチ』『サザン通り』など、
サザンオールスターズにちなんだ地名がつけられ、
ポップなイメージが定着して来ているような気がする。

しかし、ボクにとっては茅ヶ崎と言えば、
古い、ナンセンスと言われても、
『小津安二郎』なのである。

小津さんは、その作品の多くのシナリオを
前出の茅ヶ崎館で執筆していた。
小津さんが執筆していた部屋は、
今もその当時の面影そのまま残されている。

2年ほど前、茅ヶ崎館を見学したことがあった。
その時初めて、彼の地、彼の部屋を訪れ、
OZUの空気に触れ、
ボクは少なからず感動した。

あ、こう書いちゃうとまるでボクが映画オタクのようだけど、
決してそんなことは、ない。

……って、なんか言い訳がましいか!?(笑)

もとい、その時に、ボクは茅ヶ崎館の方に、
「何かイベントがあればご案内しますから」
と促され、連絡先を書き置いて来た。

忘れた頃に茅ヶ崎館から封書が届いた。

── お食事付き・無声映画の夕べのご案内。

茅ヶ崎館で小津さんの作品の上映。
弁士付き無声映画。
しかもお食事付き!!

ボクは弁士付きの無声映画を観たことがない。

すべてのキーワードが魅力的だった。

こりゃぁ、行くっきゃないっしょおぅ!!!

そんなノリでこのイベントへの参加を決めたのである。

やっぱり映画オタクか!?(笑)

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2006-05-06

ところで。

このブログのタイトルには
『風味』という言葉をつけている。

みりんには『本みりん』と『みりん風味』があって、
どちらもみりんの味付けは出来るが、
原料や作り方が違うから後者には
『風味』という文字がついてしまう。

ボクは、決して自分を風味であるとは思っていないが、
『作品を撮れていない』
という点に於いて、
自分が
「映画監督なんて自負するのは、
あるいは名乗るのが、
エセ臭いなぁ……」
と、常々感じている。

だからボクは『監督風味♪』。

果たして、ボクから『風味』の文字がとれて
『監督』になる日は来るのだろうかっ!?

それには、どうやら『映画監督』と
名乗るようになってからの
この10年を振り返ってみたほうが
良さそうなので、
そうしてみることにしよう。

時々はその時観た映画の感想、
ボクの経歴に関係ない映画にまつわるお話
などを書いていくので、
話があっちこっちに飛んじゃうかもしれないけど、
それは勘弁ね。

あ、ボクの経歴を語っていくより、
映画感想の話のほうが面白かったりして……(笑)

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そんなこんなだが。

ボクは映画を撮るための努力を惜しまない。

それが証拠に、
日夜アルバイトに励み、
映画館に足を運び、
昼寝をして、
飯を食って、糞をして
時々散歩する。

ん?

どこが努力なの?
フツーに生活してるだけじゃん(笑)

っつーことではなくてぇ……。

ボクの頭の中には、様々な企画が渦巻き、
実現するかどうか分からないシナリオを書いている。

「ヨーイ、スタートっ!」

のかけ声を掛けるべく……。

そういえば、故・山根成之監督のセリフを思い出す。

「ヨーイ、ハイっ!、は、セックスよりも気持ちいい」

そうなのだ。
あのかけ声を発するのはとても気持ちいい。
不安を吹き飛ばしてくれる快感と
ひりひりする緊張感、
様々な思いが凝縮されて発するひと言。

ボクは、あのひと言を発したいがために、
汗をかく、恥をかく、シナリオを書く。

至福の快感の虜なのである。

誰に頼まれたわけでもないが、
『映画監督』を自負する以上、
どんなに生活が苦しくても、
将来に不安を抱えてても、
そんな弱気な気分は吹き飛ばし、
志は全うするのだ。

人からよく『夢があっていいね』と言われるが、
もう40を過ぎた男が夢も何もあったものじゃない。
『夢』なんかじゃメシは食えないのだ。

『映画を撮る』ということ。

それは、ボクにとって
アイディンティティの存続と
メシを食うための
紛うことなき『現実』なのである。

ちなみに「汗をかけ、恥をかけ、シナリオを書け」と言ったのは、
師匠筋の一人である長尾啓司監督である。

ま、ご本人はご自身を
ボクの師匠だとは思ってないみたいですがね(苦笑)

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2006-05-05

そしてっ!

こんなボクがどうやって生計を立てているか?

CMを撮ったり(こりゃ、かなり儲かりそうだぁ!!)、
テレビドラマを撮ったり(業界ではこれはかなりスタンダード)、
書いた企画書で小銭を稼げたり(まあまあだね)していればいいが、
実際はそんなことはない。

キッパリ言おう!!

こりゃ、ある意味カミングアウト宣言に等しいかもかも!?

ボクが『映画監督』と名乗るようになってからの、
この10年の生活を支えて来たのは、
アルバイト収入である(えっ!? っていうか、やっぱりね…苦笑)

ボクは現在、葬儀関係が主体の仕出し料理屋さんで
働いて得る賃金で生活を支えている(はぁ……っ)。

もっともヨメが働いていないと支えきれていないから、
あまり威張ってアルバイトで
生計を立てているとも言い切れないので、
『男』としてはかなーーーり情けない状況である。

トホホ……(涙)。

それでもボクは映画を撮るのを諦めないのであーーーる。


『漢』と書いて『おとこ』となるべく
日夜自分を叱咤激励するのである。


かなりナマケモノですがね……(苦笑)

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さて。

サイドバーにあるプロフィールで、
簡単な自己紹介をしているが、
もうちょっとだけ詳しいボクの経歴を紹介しておこう。

ボクは、およそ10年弱『フリーの助監督』という商売をやってきて、
会社に所属したことは、ない。
それは現在も変わらない。

それでも人には縁というものがあって、
助監督時に、ある映画製作会社の方と知り合い、
その時書いた企画書を気に入られ、
映画監督と名乗るようになった。

ま、それが運の尽き・・・・・・いやいや、そんなことは、ない(笑)

閑話休題。

デビュー作のタイトルは、『もうDEBUなんて言わせない!』。
ちょっと太めの女の子が映画の中で
実際にダイエットして痩せていき、
それとシンクロして、
劇中では様々な経験を経て人間的にも成長していくという
コミカル風味のシンデレラストーリー。
もう10年ほど前の話なので、
覚えている方も少ないと思うが、
当時この作品はワイドショーなどにも取り上げられ
結構話題にはなった。
『にはなった』……とは、微妙なニュアンスの書き方だけど、
それが観客動員に繋がらなかったからだ。
勿論、作品そのものに力がなかったことは否定しませんが……(苦笑)。

2本目は、いわゆるVシネマってヤツで、
的場浩司くんが主演の『かっ鳶五郎』という人情活劇。

そして、3本めもやはりVシネマで、
同じく的場浩司くん主演の格闘アクション『阿修羅の伝説 ── 死闘篇 ──』。

この3本を撮る間にも、様々な企画書、シナリオを書いたが、
そのどれもがうたかたに消えた。
中には、コンクールに送ったものもあって、
それは最終選考までに残ったが、
惜しくもそれ以上にはならず、
あっけなく散った。

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2006-05-03

はじめまして

映画監督という商売。

意外とその生態は知られていない。
でもちょっと考えてみて。
おかしいと思わない?
10年に1本しか映画を撮っていない人ってざらにいる世界。
その人たちってどーやって飯を食ってるんだろう?
って、思わない?

このブログは、そんな中の一人、
『ボクのこと』を例に
知られざるエーガ監督の生態を
暴き出そうというものなのである。(笑)

ちとオーバーか・・・・・・(苦笑)

ん?

そんなこと興味ない?

ならばほかのブログへ飛んでくださいな(笑)


***************


『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングのコーナーで、
司会のタモリさんが、
「映画監督は悲惨だよぉ…。収入聞いてびっくりしちゃったよ」
なんて意味合いのことをずっと前に喋っていた。
ご本人はそんなことを口にしたことなど、
すっかり忘れているかもしれないが、
ボクは、『まったくその通りっ!』と思ったので、
こんなどうでもいいことを覚えている(笑)。

商売として成り立っている職業映画監督は、
おそらく全体のほんの一握り。
世の中にはボクを含め、
名前を知られていない映画監督を自負する人たちはゴマンといるのだろう。
かくも『映画監督』という商売は儲からない仕事である。

ボクが映画監督と名乗るようになって約10年。
その間に撮った作品は3本。
もっとも映画監督なんて、まったく変な商売で、
10年以上作品を撮っていない方でも
『映画監督』として成立しているところがあるので、
『10年で3本』というのは、
『しか撮っていない』『も撮っている』とも、
どっちとも言えるのだが、
ボクは自分を前者だと思っている。

まぁ、分かりやすく言っちゃえば、『売れない映画監督』だ。
でも、それでは言葉のニュアンスがちょっと悲惨な感じがするので、
『おちこぼれ映画監督』ということにしておこう。
そのほうがまだ希望が感じられるでしょ?
違うかな?(苦笑)

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