……って、タイトルにはまったく意味がありません(笑)
『リハビリ』って、書いたらそれだけでは物足りなくて、なんとなく語呂をあわせただけで……お粗末でした。
バグの続きを書こうと思ったのだけど、その前にちょっといいわけを。
ここ数ヶ月、ボクは映画製作に携わっていた。
ん?
監督なんだから、作っていた……じゃないの?
と、自分でツっこんでおきます(笑)
いやいや、実に数年ぶりに体験する助監督として現場に携わっていたのでした。
まだ、マスコミ発表がされていないはずなので、作品名と監督名は控えさせてもらうが、
監督は、最近公開された『バッテ○ー』を撮った方です。
生きている日本の映画監督の中では、僕が一番好きな方です。
なんとなく成り行きでそうなってしまったのだけど、
この監督の作品なら、助監督をやってもいいかな……と思った。
仕事最中は、色々あったけど、ボクなりに楽しんだ。
だが、今ひとつ乗り切れていないのも事実だった。
理由は、自分でハッキリ分かっている。
心のどこかに、
「映画を作るなら、やっぱり監督でなくっちゃな……」
と、いう思いがあったのだ。
ホント、不埒、失礼なヤツだ、ボクは。
T監督、すみませんでした。
……って、「こんなトコで謝ってんじゃねぇ。バカヤロー」って声が聞こえ来るようです(苦笑)
閑話休題。
もとい、『監督』という文字に『助』が付くだけで、
雲泥の差だ。
扱いは勿論だが、そういう意味ではなく、
『決定権』のあるやなしやに於いて、
まったく違う職業である。
監督という職業は、作品に於いて、
ほぼ全ての決定権を持っている。
それに反して助監督には、段取り的な決定権こそあれ、
作品に対する決定権は、ほぼ、ない。
例えば役者の演技に対する『OK』を出せるか否か、
これは、監督にしか、ない。
たとえ、ボクが『芝居が違うなぁ……』と思っても、
仮にそれを助言したとしても、
監督が「いいんだよ」と言ってしまえば、
それまでだ、ということだ。
一事が万事、こんな調子である。
勿論、それを承知で引き受けた。
けどね、自分の中に割り切れなさが残っていたのだろう。
気づかない振りをしていてたが、
これは知らぬ間に相当のフラストレーションとなり、
自分の中に澱として沈殿した。
さて、ではこれがボクにとって良くない出来事だったかといえば、そんなことはない。
むしろT監督には、色々勉強をさせてもらい、ありがたかったと思っている。
人生終生勉強期間だとするならば、無駄は、ない。
ボクはそう思っている。
ただこの仕事を終えて、常に頭の片隅にこびりついている大きな疑問が、鎌首をもたげて来た。
『映画監督とは何ぞや?』
と、いう疑問。
このブログのタイトルは『監督風味♪』である。
自分を揶揄して、こんなタイトルにしているのだが、
いつまでも『風味』でいいんだろうか?ボクは。
T監督の名刺の肩書きには大きく『映画監督』と書かれている。
その名刺を貰ったとき、正直、少々品がないなぁ……と思ったが、(T監督、ごめんなさい!)
でも、潔さを感じた。
映画監督であるという自負にいささかも疑問を持っていないぞ、という意思表示のように感じた。
けど、T監督は豪放磊落に見えて、実は、とてもシャイな方だと思っている。
名刺の肩書きの書き方にしても、T監督流の、照れ隠しと「オレは負けねぇゾ」という隠れた気持ちの現れなんだろうと……これは、ボクの勝手な解釈だけど。
では、T監督が何に「負けねぇゾ」なのか?
それは、他ならぬ自分にである。
「オレは、映画監督なんだ」
という強烈な自負。
つまりは、そういうことなのね、と。
すべては自分との闘いである。
ボクは、まだまだ『風味』の二文字が取れない青二才である。
はてさて、これからどうやって生きて行くか……。
ボクの当面の大きな仮題で、長く考えているばかりで答えが、出ない。
そうそう、ただひとつだけやってみようと思ったことがある。
去年の今頃出版した本をもうちょっと売ってみたいな、と。
あまりに非現実的な望みかもしれないが、もし仮に本が売れたら何か突破口は開けるのではないかと。
映像化して恥ずかしくない完成されたシナリオはいくつか用意してある。
あとはきっかけだけだ。
その入口になんとか立ちたいものだ。
ってことで、この長ったらしい文を最後まで読んでくれた方には、強制的にボクの本『不機嫌な天使』を買うことをお勧めします。。。って、おいっ(苦笑)
おあとがよろしいようで。。。
次回は、『バグ』の続きを必ず書きますね♪
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